設立趣意書 1997年1月11日

 西アジアは、ひとつの歴史世界である。人類はこの地ではじめて、農耕・牧畜という生業のかたちがあることを知り、やがて、都市という集住のシステムを作りあげ、青銅や鉄に出会ったのである。西アジアは7千年以上にわたって、人類史の先頭を歩んで多大の貢献をした。現代に連なる文明の基礎は、この地で築かれたといってよい。地球市民という言葉さえ口にされるようになった今日、われわれはこの人類史上の先進地にさらに多くを学ぶ必要がある。

 欧米の各国は19世紀以来、盛んに西アジアに考古学の調査団を送り、現地に恒常的な施設をととのえて、発掘・研究を進めてきた。わが国の場合、この方面での発掘・研究に携わっている調査団は、その数が毎年、十指に余るまでになった。むろん欧米各国に較べれば、その数は充分とはいえないし、資金面や体制上の不備も指摘されているところである。それでも、江上波夫先生を中心とした調査団によって、この地にはじめて発掘の鍬が入れられたのが、1956年(昭和31年)のことであるから、以来40年、現在の盛況を誰が予測できたであろう。ここに至るまでに、先学達の血を吐くような尽力があったことを忘れてはならない。

 近年、発掘・研究が隆盛の度を加え、成果が多大なものになるにつれて、わが国の西アジア考古学に対し、さまざまな要請が出され、対応が求められるようになってきた。学問上の対応だけにとどまらず、社会的要請もけっして少なくないのである。文化財の保存修復事業はその重要なひとつであるし、情報ネットワーク化とその幅広い公開もまた、喫緊のこととあげられる。さらには、調査地の当該国とはもとより欧米各国とのあいだで、研究者の連携を密接にすること、自然科学やリモート・センシングなどの関連分野との相互乗り入れをはかることについても、積極的に推進されなければならない。情報化や国際化が叫ばれ、規制緩和がもう引き返しようのない潮流となり、しかも、既存の学問体系が激しく揺らいでいる今日の状況のなかで、40年を閲して隆盛に向かおうとしているわが国の西アジア考古学界もまた、すみやかな対応が求められているのである。

 発掘・研究が盛んになることは、研究者にとって、よろこばしい限りである。しかし他面において、夥しい情報が生みだされると、それを網羅することが、難しくなることも、危惧されるところである。今後、専門分野がいっそう細分化し、加えて、関連分野との協業が進むにつれて、情報はますます増加の一途を辿ることが予想される。これに対処するためには、情報を可能な限り公開し、胸襟を開いて互いの不足を補いあうことが、どうしても必要である。

 このたび学会設立に思い至った私共の微意に対して、ご理解とご鞭撻をたまわり、大いにご参加をいただいて、ともに西アジア考古学のいっそうの隆盛を期し、もって現代社会の要請に応えたい。